不安・不満・苦労だらけの毎日を、生き続けないといけない理由。

不安や不満って、ネガティブなので捨てるべき・解消すべきっていう風潮がネットでは強いですよね。

僕はこれをあえて放ったらかしにして暮らしています。言い換えれば、常に不安です。不満です。でも、そうする他ないのです。

ネット上の処方箋では、人は幸せになれないのです。なんかネット上に自分もこれを書いているので矛盾してますが、不安・不満はある種の人間にとっては絶え間ないもので、解消するよりも乗り越えるべきだってことを書いていきたいと思います。

苦労の質・量で、年とともに人間性に差が出る。ある老人の言葉。

「人は年を取れば取るほど、それまでの経験によって差が出るよ。その差こそが、人を惹きつける惹きつけないの差なのさ(最後は気取ってるわけじゃなく北海道弁)」。

この言葉は、表題の「老人」から何度か聞きました。とても思慮深い、物知りな方です。

人間って、忍耐強く生きることこそが「生きること」のひとつの答えなんだな、と何もその方が言わなくとも自然と感じてしまうのです。なんというか、すごく忍耐強い方です。70代になるのに、考え方が先進的で、人を惹きつける。まさしく「人間にとって、名誉やお金だけが絶対的なものではない」ということの証明のような方です。

それこそ「耐え難きを耐え」です。

もちろん、その言葉は条件付きです。「潰れたら・おしまい」。だから逃げることはその方も否定しません。

ただし、人生の選択肢は全ての人の手に委ねられていて、僕やこの老人の考えが全ての人に万能なわけではありません。絶対的に正しい選択肢なんて、存在しません。半分、今の状況に納得しない僕の心を落ち着けるために、この記事を書いている側面もありますし。

だからこそ、後悔しない選択肢を選びたいのです。

その方が言う「生きること」とは、やはり苦労の質と量なのです。

苦労が多ければ人間的に成熟するし、少なければ年の割に子どもっぽいなと、周りに見抜かれてしまいます。これは、年を取れば取るほど顕著になっていくそうです。

置いていかれるのが、怖い。人から必要とされなくなるのが、恐ろしい。

正直、僕はひきこもっていた期間停滞していました。だからいま、同年代と比べた時の「遅れ」を取り戻しているところです。

自分が停滞していても、同年代は日本的多数派の価値観の中で、コツコツと成長していきます。そんな状況の中で置いていかれたら、時代も社会も世間も、自分を必要としなくなってしまいます。

「自分本位に生きろ」というネットで主流の論理と対極なのですが、他人から必要とされない人生が、とても恐ろしいものに感じられるのです。だって、自分本位に生きた結果自分以外からの関心を失ったら、なんの関係性も持たない孤立した人間になってしまうじゃないですか。

これは、極論だとはわかっています。ですが、若い頃こそ、年をとった時に備えて人間との繋がりや日本の保守的な価値観を学ぶべきだと思うのです。すなわち、長いものには巻かれろ。年上を敬え。

一度は保守的価値観の中で生きるべき。

反吐が出る方もいると思いますが、酸いも甘いも知った上で行動するのと、知らないで行動するのって違うと思うのです。

ここで言う「知る」とは、体に刻まれているという意味です。知識として知っているというのは、本当に「知っている」とは言えません。

とんがって打ち付けられる杭になって、なお人から必要とされるのは、堀江貴文さんとか一部の”能力者”だけです。

我々凡人は、ある幅の川の中を左右に行ったり来たりしながら、上流へ登っていく鮭のようなものかもしれません。道が決まっている以上、そこからはみ出ることはできません。堀江さんは脚が生えて陸へ上がってるような気がします。僕には無理ですが。

凡人が天才の生き方を学んではいけない。

すごい極論ですが、天才の真似は誰もできません。

日本の保守的価値観の中で、踏みにじられて来たことはたくさんあると思います。ハンセン病患者や朝鮮出身者、部落出身者への差別など。ですが、それが今の日本社会なのです。それを変えていくには、現実という保守的価値観の中で生きて、それを少しずつ変えていくしかないのです。それこそ、凄まじいパワーがいります。

例を上げれば、日本のサッカー代表。ゴールキーパーの川島永嗣選手に批判が集まりましたが、それに対して「このままでは皆ゴールキーパーを目指さなくなってしまう」と、一部のサッカー関係者が警鐘を鳴らしました。

日本の保守的な、こうしたゴールキーパーへの「弱い者叩き」世論は恐ろしいものだし、でもそれに抵抗するには「じゃあ貴方は何者なの?」への答えが必要なのです。サッカー関係者だからこそ、声を上げる意味がある。その関係者は、やはり体制の中で生きてきた人です。職業=旅人が同じことを言ったって、実行力がありません。体制の中の人だからこそ、実際に変革を起こすことができるのです。

日本には残念ながら、スーパーマンはわずかしかいません。日本を良くしていくには、人と人との結びつきの中で、助け合ってやっていくしかないのです。

やっぱり苦労してこそ人間だ。

若い頃の苦労は、買ってでもしろ。なんてこの理不尽な世の中では言えないけれども、安く売ってたら買ったほうが良いよとは思います。まあ命あっての人生ですから、無理にとは言いません。

最悪なのが、人生経験浅い・思慮がない、で人に騙されまくることです。考えるべき所は考え、考えなくて良いことは考えない。そんなことを考えた、7月の夕方なのでした。

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