飲み会を楽しめないのはなぜなのか解説。それは視野の問題。

この記事は約2分1秒で読めます。
スポンサーリンク

会社や地域の飲み会。楽しいですか?

楽しいという方は、読んでも不快になるだけかもしれません。つまらなくて、悩んでいる方に向けて書いています。

何を言おう、僕もその一人です。最近オピニオン系記事ばかりで、アクセス数的には厳しい状況なのですが、晩酌で酔った勢いで書いたみたいと思います。

飲み会の話題といえば。愚痴、いじり芸、他愛のない会話等。それが面白くないということは…?

これはいい方で、会社の環境など、運が悪いと説教を食らったり人の悪口で盛り上がったり。そういう飲み会は不快で退屈で仕方ないと思います。そうでなくて、愚痴だったりいじりだったり、皆がいい人だったとしても面白くない飲み会というのがあります。

なぜこれらの話題が面白くないと視野が広いのか。それは、場の雰囲気に飲まれず客観的に飲み会の構造を察せてしまっているからです

その構造とは、こうです。話題の中心となっている人物と、それを面白く聞いている人、ツッコミや相槌で場を盛り上げている人。ここまで見えてしまうと、何が面白いの?となってしまうんです。不思議と。これがわかってしまっているから、場に飲まれない。故につまらないと感じてしまうんです。

目的がない、というのも理由のひとつですね。なんで友達との飲み会が楽しいかというと、言葉に表さすともそこに「楽しもう」という目標があるから。いわゆる”ノリ”が許される、自分をさらけ出せるからです。会社の飲み会で自分をさらけ出すと、ふつうドン引きされます。人間誰しも傷ついて生きてるわけで、そういう話は他愛のない会話とは水と油だからです。こういう構造ですね。

例え話下手で申し訳ないんですが、手品の種を知ると手品って途端に価値を失うじゃないですか。それと一緒です。

会話の中心にいる人は、盛り上げようとやってると思います。それをつまらないと感じるのは申し訳ないのですが、しかし無理して付き合う必要もないと思いのです。だってある意味では失礼じゃないですか、嘘ついて面白いって付き合うのは。

これらを踏まえた上で、飲み会の是非について考える。

よく言われるのが、飲みニケーションというやつ。これ、ハッキリ言うと会社や地域が自分の存在意義を担保してくれる状態や環境じゃなければ、通用しないんですよ。つまりは、会社にいれば昇進や結婚が待っていた時代はとっくに終わりました、ということです。終身雇用が崩壊しかかっていて、ちょっと悪いこと・会社に損害を与えれば首です。例外は公務員。こればかりはどうしようもない。ともかく、国際競争が日本にも浸透し、飲みニケーションなんてやってる場合じゃないんです。

だから、上で書いたように飲み会に目標を作ってしまえば、それはなかなか建設的でおもしろい飲み会になると思います。「ボトルあけるまで帰れません」でもいいんです。だらだらやってるから、単純につまらない。

それが面白い人は、おそらく酔っ払ってのストレス発散や、場に飲まれて客観視が出来ていないだけです。それが悪いとは言いません。

飲み会で悩んでいる人に見失ってほしくないのは、飲みでコミュニケーション能力ははかれないということです。うまい返しとか、あれは技術なので、練習すれば身につきます。でも、その事に今の時代あまり価値はないというのが、僕の主張。だから、飲み会なんて無くなっても問題なく社会はまわっていくと思います。

不幸にも視野が広い人へ。

コミュニケーション能力は、飲み会での上司へのゴマすりや、うまい返し、面白い話題だけでははかれません。上手い飲み会の断り方というのも、コミュニケーション能力のひとつです。そうやって当たり障りなくやっていく、それが大人だとこれを書いていて、感じました。

うまいこと社会の荒波を渡っていく方法を、見つけましょう。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする