【3月のライオン第2シリーズ】15話(37話)感想 全部台風のせい

困った、感想が言い表せないぞ?以下ネタバレ含みます。

書きたいこと

  • 感想がかけない。
  • 現人神宗谷。
  • 水が流れるがごとく、対局は進む。

神様、現人神?

アニメなのに、モノローグが半分以上を占めるという、小説のようなアニメである「3月のライオン」。もともと異端な作品だったのですが、今回はとくに異質な回でしたね。

37話をひとことで表すならば、それは芸術。宗谷冬司という芸術の魅力を、いかに視聴者に伝えるか、それに集中して作っているように感じました。しかし、それは苦心して出来たというよりも、すらっと自然の流れのごとく完成したように思えました。

神様のような、宗谷。白い嵐が、周囲を包み込む。いや、そうではなく、宗谷の心のなかにこそ、白い嵐が静かに吹き荒れている。そんな情景ははっきりと描かれていないのに、宗谷の内面がそのまま僕達視聴者の心にも投影され写っています。これはなんというか、とても不思議な感覚です。

仙台駅からホテルへの道すがら、先を行く零が振り替えると、宗谷がついてくる。まるで動物的というか、これは適切ではないですね。神聖と言うか、山を知り尽くした真っ白な狼のような。

これは、少なくとも作中では本当に現人神なのかもしれないと、思わせる芸術品的魅力があります。

零と宗谷の感想戦。

「そういうもんだよ」

零の手のひらの上には、光が描かれていましたね。

喋ってもいないのに、零の思考は読み取られている。

まるでそこは盤を対にした対局の部屋ではなく、宗谷の思考世界そのもののようです。そこに零が取り込まれている。

なんか、凄いものを見たぞ。そんな感じがします。アニメなのに、本当に神様を観たような感覚。これは、本当に演出の勝ちですね。それも、奇をてらったとかそういう感じはまったくしません。あくまで王道的に、事実のみを描いたという。よく原作を理解していないと、できない芸当なのではないかと思います。

水が流れるがごとく、対局は進む。

零にとっては、宗谷と過ごした対局時間の全てが、本当に夢の中の出来事のようでしょうね。差し間違えの時、指先に電流が走る感覚がした。そこで敗着を察した零は、その後一手も差し違えないでいったらどうなるだろうかと、とんでもないことをサラッと考えます。

まさに宗谷の世界に取り込まれてしまった零。神様のような宗谷のなかに、果たしてどれだけ人間的な面があるのか。その末恐ろしさの裏には、何があるのか。次回に描かれるだろう光景が、はやくも気になります。

感想が書けません。

まあいつもモノローグのような感想しか書いていないのですが、今回はそれに輪をかけて感じたことを書いてるだけのような感じになってしまいました。おそらく、37話は掴みどころのない回として作って、次回に描かれるであろう宗谷の内面描写とのメリハリを狙っているのだと推測します。

そして僕のなかには、残念ながら神様を言い表すボキャブラリーやイディオムがありません。だから、なおさらこのような感想になってしまいました。

次回は、これは予感ですが、怒涛のように感想を書くか、今回と同じように全く書けないかどっちかな気がします。本当に3月のライオン、面白いですねえ。

まとめ

  • 感想がかけない。
  • 現人神宗谷。
  • 水が流れるがごとく、対局は進む。
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