釣果は上がったり下がったりの日々。上達の過程はさながらブログのアクセス数のよう。

釣りを冬に開始して、年を越した2年目の晩夏。

僕はかつてない釣果を上げていました(といっても雑魚釣りですが)。

それまで一桁釣果ばかりだったのが、この日はなんと17匹!

なんでこんな釣れたかというと、魚が居る場所に運良くアクセスできたからですね。

アブラハヤ15、コイ1、オイカワ1。17匹の大釣り。

雑魚釣りでも釣果は釣果です。この時、不思議と楽しいというより、安心感を感じていました。いまも、そうなんですよね。

「釣れまくり楽しー」

ではなく

「ああ、俺のやり方間違ってなかったんだ」

そうです、僕にとって、釣りは娯楽でもあり、計算問題でもある。正しい解を導くことで、安心感を覚えていたのです。

この、問題を解く過程こそ、僕にとっては釣りの醍醐味なんですよね。

だからリアルでMって言われるんでしょうか・・・

それはともかく、たくさん釣れたアブラハヤ達には申し訳ないですが、楽しい釣りとなりました。

川でも変化のあるポイント。草陰。

魚は、隠れ家や変化のあるポイントにつくもの。そこは、草が水面に影を落として、目隠しとなっているポイントでした。

だからこそ、水鳥に食べられないと読んだ魚が集まっていたのでしょう。

魚にとっては生存競争ですから、気まぐれではなく理由を持って動いているのです。

そこに、知識ほぼ0の僕が、運良く竿を出せた。ほんとに、思いつきだったんです。

「あそこ釣れそうだな」

魚釣りにおいて、状況のコントロールする力。

釣りは、状況をコントロールできるようになると格段に面白くなるそうです。つまり、気象・潮の動き、魚の活性といった諸々の要素を考えて、状況に合わせて魚釣りをするということです。

僕はそこまでストイックになれませんから、そうした釣りはしないです。ですが、勘だけは磨かれたと感じます。

それは釣り人にだけわかる、勘。釣り場に着いたその時点で、「釣れそう」「釣れなさそう」がわかる。

もちろん、勘は裏切られることもありますが、アベレージで言うと、いい線、行くんではないかと。

人に自慢できる釣果が生まれるまで、6年かかった。

釣りの画像アルバムをパソコンで整理していて気づいたのですが、人に自慢できるような釣果が出るまで、6年もの時間がかかっていました

そこまでは、

  1. 冬(特に2月)になると釣れなくなる
  2. 春も釣れない
  3. 夏は小さい魚がたくさん釣れる
  4. 秋は大きな魚も小さな魚もそこそこ釣る

といったサイクルを毎年繰り替えしていました。

釣れた魚はほとんど雑魚ばかりでした。

ですが、釣りの知識と勘が磨かれた結果、

  1. 冬は穴釣りやチョイ投げでそこそこ釣れる
  2. 春は夜釣りでアジ・メバル
  3. 夏は船や投げ釣りでキス
  4. 秋は投げウキ釣りでサバ

というように、知識に準じて、季節ごとにターゲットを変えることでボウズを回数を減らすどころか、食卓を釣果で彩る機会も増えました

ターゲットを季節に応じて変えるのは、最初の数年も意識していました。

違うのはやはり、知識と勘。

そこまでなるのに6年。何事も継続と言いますから、ブログも、これくらい掛かるのかなあ・・・?

まあ、長い目で続けていきますよ。僕にとって釣りが第一のチャレンジなら、ブログが第二のチャレンジなのかもしれませんね。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク