芸術人間の原点は本能的衝動。「荒ぶる季節の乙女どもよ。」第7話感想

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まさか、アニメでこんな激しい話が始まるとは。


© 岡田麿里・絵本奈央・講談社/荒乙製作委員会

誰に向けて作っているのか、よくわからなくなってきました。

しかしながら、面白い、と素直に感じたのでした。

以下ネタバレ含みながら感想を書いていきます。

三枝という芸術家肌の男性の存在

手のひらの上で新菜を弄んでいるような三枝という存在には、なんだかクラクラしました。彼なら、新菜に殺されても喜ぶのではないでしょうか。それほどまでに、彼の人間への関心はあらぬ方に向いています。

曰く、「つまらない女になるな、菅原新菜」と。

ちょっと見えない、新菜の胸中

新菜もあの歳で略奪愛に目覚めてしまうっていうのが怖いですが。男の悪い面を描きつつ、女の現実的すぎるがゆえに犯してしまうこの好意を、これでもかと描いています。

でも、ちょっと見えないんですよね。役者としての実存を賭けているのか、それともとなりの芝が青く見えているのか。実は実は、新菜が自分の本心に気づいたのか。

和沙に割り切れない思いを抱えてほしくないという、友達思いから和沙にぶつかっていった新菜。ですが、和沙が割り切ると、とたんに面白くなくなったのか。まるで新菜のセリフの一つ一つが相手を突き刺すような感じに。安済さんの熱演も光ります。舞台経験もある声優さんですから、狙ってのキャスティングだと思います。

彼女も三枝と同じく矛盾しているんですよね。果たして略奪の感情の根源が、衝動性を伴った本能から来ているのか。そうだとしたら救いがないですが、物語的にはそれをやったら、話がとっちらかって風呂敷が畳めなくなるような気もします。テレビドラマがあと10分で終わるなーっと時計を見ながら展開を予想してしまうのと、同じですね。

そうではなく、何か狙いがあるのだとしたら。そっちの方が僕的には面白いと思います。

とりあえず、結構斜め上からの展開が多い作品なので、何が起こっても変ではありません。そもそもアニメでこういう話を取り扱うのは、視聴者置き去りにしてますし。でもまあ、本心に気づいた、の線が有望ですかね。

百々子さん・・・

そんな強烈な二人にも引けを取らない百々子。もうこれは、恋してます。まだ憧れの域かも、しれませんが。

過去話で新菜の事を和沙と百々子が褒めちぎる場面。和沙は劣等感から自分を下げて新菜を上げてましたが、百々子は今思えば本心からだったんでしょうね。物語のキーはこの子な気がしてきました。

覆水盆に返らず

それは、きっとポジティブな意味でも捉えられるはず。

意味深な演出が所々に見られた7話でしたが、反面、泉と和沙の窓と窓を介してキーホルダーが「届いた」という直接的な演出は、物語の帰結がそこであると、しっかり示したように思えました。ここについてはハッピーエンドを勝手に想像してしまいます。

恋に恋するり香、山岸に弄ばれながら、彼の(罪悪)心を動かし始めるひと葉

ちょっとこの2人は今回影が薄かったですね。でもちゃんと出番というか、現況が描かれていました。

枕投げといえば、ラブライブ

男同士でやっても楽しくないよ枕投げ(経験済み)。

ラブライブを思い出しました。とらドラとかひだまりスケッチでもあったかな、なかったかな・・・記憶が定かでございません。昔のアニメでは結構やってた気がします。

どこに向かっているのかわからなくなってきた

物語や登場人物が暴走するようなことはないと思いますが、和彩とひと葉以外の文芸部の面々が悪い方向に転がってっている気がします。どうなるのかな、不安でもあり期待もあり。今後も楽しみです。

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