【3月のライオン第2シリーズ】18話(40話)感想 柳原纏う炎

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アニメながら凄いものを見たなと、正直に思います。作り話とわかっているのに、次はどんな手を打ってくるのか。まったく、このアニメは飽きさせません。

書きたいこと。

  • 神々しい対局と泥臭い対局の対比が美しい。
  • 男はプライドの生き物。負けられない戦いがある。
  • 将棋すげー。
  • アニメで人生を追体験。

宗谷/零とは正反対の、泥臭い将棋。島田/柳原。

ただ人は、時間とともに老いていくだけではないということを、今回これでもかと描ききってくれましたね。

宗谷と零の対局は非常に印象的でしたが、そっちが光だとしたらこっちは土。あるいは炎。こちらは物凄く心に響いて、どっちにも負けてほしくないと、そう感じました。

柳原の強さはどこから来るのか。それはまさに「背負ってきた」からなのだと思います。期待を、怨嗟を。嘆きを、悲しみを。プラスやマイナスを引っくるめて力に変えるそれは、まさしく「化物」じみたものでした。

一番印象的だったのは、身を焼くような炎から「逃げられない」ようにしてくれていたのは「自らを縛る襷」だった、という描写。よく、こんな凄まじい表現ができるなと、ビックリしました。熱い炎に焼かれる苦しみを味わいながら、逃げない柳原。もう、凄い以上の言葉が見つからないのですが、自分の語彙のなさを恨みますね。島田が欅なら、柳原は・・・それはまさしく「襷」なんでしょうね。

老人の悲哀

よく、年を召した方からは「先が見えているから、若いのより色々見えている。楽だ。」ということを聞きます。それは事実なのでしょう。先を見据えて、死に向かって準備を進める。そこに、若干の悲しみと、悲哀を感じます。

ですが、時として男には先を見通すことができない場合もあるのだと、この作品は描いています。人生、将棋一本の柳原。俺から将棋を取ったら、何が残る?その答えはまだ、出ていない。その先は焼け野原、そこにどんな種を落とせる?

だから、負けられない。いつ終わるからわからない苦しみから逃れられない、いや逃げない。

人生って、本当に多様なんだなと感じました。死を見据えてゆっくり行く人もいれば、先のことなどわからず、ひたすら若者のようにがむしゃらに行く人もいる。きっと、人生に「これだ」という答えなどないのでしょう。

ある意味、若い原作者だからこそ描けるのだと思います。

島田は置いてけぼりかと思いきや、あの表情。

負けて呆けたような表情をしていた島田も、相手が強いからこそ「もっと強くなってみせる」という表情を見せましたね。つくづく、男はプライドの生き物なのだと感じます。壁が高いからこそ、燃える人もいれば、萎えてしまう人もいる。その違いを生むのは、プライドの活かし方だけなのだと。

正直、背負ってるものは、質は違えど島田も負けてませんからね。それこそ島田も「俺から将棋を取ったら・・・」のタイプ。柳原と島田は同質だから、アツイ戦いを繰り広げることができたのでしょう。それはまさしく、将棋に関わるものなら一度は指してみたい対局なのです。

宗谷/零と島田/柳原の対比が、本当に美しい。

これは原作の力も大いにあると思います。2つの対局が、美しく対照的なのです。

この作品は2つの対局を並べることで、神の如き領域、神童の戦いと、泥臭い人間らしい戦いを対比させました。

だからこそどちらも引き立つと感じました。

すげーな、将棋

もうひとつ、印象に残ったシーンが。街の描写ですね。変わらない日常の陰では、地味地味と言われた男たちの、どこよりも熱い戦いが繰り広げられているのだということを表すシーンなのですが、すげーな将棋と、思ってしまいました。何度も繰り返しますが、僕は将棋は駒の動かし方しかわかりません。それでも。これはすごい事なんだと、感じさせるパワーがこの作品にはあります。

人生の追体験。作品に没入すること。

作品にどっぷり浸かれるのは、こういう作品ならではですね。骨太。

人生とは、知ることだと思うのですが、先んじて教えてくれるのが小説だったり映画だったり、時にはアニメなのでしょう。

プライドとはなんぞや。男とは、なぜ負けられないのか。そんなことに思いを馳せながら、これからの春を迎えたいと思います。

まとめ

  • 神々しい対局と泥臭い対局の対比が美しい。
  • 男はプライドの生き物。負けられない戦いがある。
  • 将棋すげー。
  • アニメで人生を追体験。
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