自己評価が高くて、挫折を恐れるあまり何もできない。努力ができない。

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今回の記事は、自己満足の面が強いです。タイトルに共感できる人でないと時間の無駄かもしれません。

前置き終わり。

長い間、努力できないことに苦しんできた。

ここ数年、と言っていい期間、何事も長続きできず苦しんできました。

人間、お尻に火がつかないとなかなか死に物狂いにならないものです。ひきこもりを脱したとはいえ、その次のステージを見つけられない僕は、若い時間を無駄にし続けている気がしてならない。その上、タイトルの通り自己評価が高くて、それが壊れるのを恐がって、次のステージに進むことすら躊躇しているのです。

努力できないことに苦しんできた期間と同じくらい、努力して、自己決定して人生を歩んでいる人が羨ましかったのです。隣の芝は青く見える、とはいいますが、自分の力で生きている実感に乏しい僕にとって、精神的・経済的自立は第一目標とも言えるものでした。

現状は、親や周りの敷いたレールの上を、走り続けているようにしか感じられません。

憧れは多いが、実際には何もしていない

憧れた・やってみたいことを上げてみると・・・

  • ひきこもり支援の現場ではたらく人
  • 競馬記者
  • ライター
  • フリーランスではたらくブロガー
  • 将棋指し(非プロ、年齢制限でもうプロにはなれないです)
  • ゲーム動画クリエーター
  • イラストレーター

もうね、馬鹿かと。夢ばっか見て、自分は本気を出せばこんぐらいできるんだと思いこんで、実際は努力すら放棄して日々を消費して・・・。

一番上のひきこもり支援者は、周囲に反対されました。実際は、こんなに現場はきつくてひどいんだと。それで折れてしまうところに、やはり意志の弱さが現れています。

僕の今の職場は、自分を成長させてくれる場所ではありますが、本来居たかった場所ではないように感じます。好きで現場に入りこんで、それで本気で取り組める仕事ではないなと。

では、趣味で虚しさを埋めようじゃないかと、将棋とか競馬とかゲーム動画とか、なにかしようと思うんだけど。

ちょっとやってみて、最終的には「これやって何の意味があるの?」「つまんねえ」「やめたい」「めんどくさい」という感想しか湧き上がってこないです。

解決策が見つからない。一番の敵は自分。

すべてが中途半端で、器用貧乏ですらない。こんなスタート地点で寝っ転がっている自分が死ぬほど嫌いです。正直。

ようやく、この感情に向き合うことができました。それはまず第一歩かなと。

自分という敵を乗りこなすには、人の手が必要です。田舎にはそのリソースがどうしても少ない。

かといって、正月に帰っただけで、人が多すぎる東京には嫌気が指しています。釣り以外、人間関係も含めて疲れました。

今いる場所で、近郊の札幌も利用しながら頑張っていくのが最善手です。

とりあえず、今日はここまで。続くかはわかりません。このやる気の無さも病的だ・・・。

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