初釣果は、小さなウグイ。でも多摩川は、もっと大きなものを与えてくれた。

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魚だけが友達さ!悲しい大学時代。でも。

大学時代を振り返れば、友達はゼロ。まともな会話の機会もなく、コミュニケーション能力はどんどん下がっていくばかりでした。話が出来なければ、やはり友達は作りづらくなります。結果として、孤独の悪循環へ。

そんな僕にとって、唯一の友達は、悲しいことに魚だけでした。しかし、それすらなかったら、世界は光を失い、いよいよ真っ暗闇の中さまようことになっていたでしょう。

僕のフィールドは多摩川とその支流。大学までの道すがら、電車を降りればそこには多摩川があったので、釣りに行くことができたのです。

多摩川で、僕は心の傷を癒やしてきました。

様々な人生が交錯する多摩川。

川にはいろんな人がアクセスしています。楽器の練習、自転車ライダー、サッカー少年、不良少年、非不良(?)少年、買い物帰りのおばあさん、チャリでやってくる地元の釣り人、野鳥や川を撮る写真家、と挙げればキリがありません。

彼らは、川を目的に、あるいは遊歩道を通り道として利用してそこに集まっています。

いろんな人生が交錯するその場所で、僕は一般の人が釣りと言われてイメージするように、ただぼーっとウキを見つめ、釣れない時間を過ごしていました。多摩川の本流に渓流竿を出していたのです。

釣れるはずがない釣り方。拙い僕に、なぜかオジサン方が話しかけてくる。

これは釣りの真理だと思うのですが、通常、魚は変化のある場所を好みます

変化というのは流れの中にある岩だったり、あるいは水中植物などです。隠れ家となり自分より強い魚からの捕食を防ぐことが出来るからです。

またもう一つ理由があって、魚は流れの緩いところに群れることが多いです。単純に流れが緩ければ体力を使わないからでしょう。

ひるがえって、多摩川の本流はまっすぐで、変化に乏しいです。そして流れも一定で、緩くなる場所は限られています。

水中植物も場所によっては生えていなくて、僕が釣っているところはまさにどっちの条件も揃った「釣れるはずのない場所」だったのです。

ところで、こうした場所にも釣り人はいます。なぜか。コイやウグイ、フナといった大きな魚は、捕食される機会が小魚よりも少なく、本流にも出てきてエサを探します。住み分けが出来ているわけですね。

そうした魚に対して、匂いや味のあるエサを使って、少ない中・大型魚をおびき寄せて釣る、という釣り方もあるのです。分かる人に説明すると、ようするにグルテンを使ったぶっこみ釣りのことです。

そんなオジサンにとって、僕は不思議な存在。まず若い人は釣りをしない。していてもブラックバス・シーバス狙いのルアーマン。ウキを流してエサで小魚を狙う僕は物珍しく目にうつったことでしょう。

釣りをしていると、たまに地元のオジサンに話しかけられることがありました

まさか両親以外に、この世の中で自分に用がある人がいるとは、夢にも思っていなかった人間不信の僕は、驚きました。

そんなオジサンたちのスタンスは、かる~く話してその場を後にしたり、身の上話を延々して去っていったりと様々でしたが、この時僕が感じたのは「敵意を持った人間ばかりではないんだな」ということでした。

人間社会は学校とは違う。その事に気づいた。

これこそが、このシリーズ序盤(全部で40回位になる予定です)で主張したいことなのです。つまりは、釣り好きという同好の士が、釣りを通して出会うこの奇跡。この繋がりこそが人を温かい気持ちにさせてくれる、ひいては人間不信に悩む若者を救うのではないかと。

釣り場の、それも向こうから話しかけてくるオジサンは、意外と人生経験豊富で、そして寛容です。

これは多摩川での釣りを通して学んだことです。多摩川という自然豊かな環境がそうさせるのか、はたまたそういう場所だからこそ穏やかな人が集まるのか、定かではありませんが、このような方々に僕が救われたのは、事実です。

頭で考えるのと、実感するのとではまた違うもので。

敵意を持った人間ばかりではないことは、他人が嫌いな人でも否定しないでしょう。

ですが、得てして、目の前にいる人間が果たしてそうなのか、人間不信にとってそういう所に視点は行ってしまうものです。かつて戦場のような学校に居た僕は、その事を実感して、なんだか、温かい気持ちになっていました。

癒やしのひととき。それは何も魚相手だけでなく、人間相手でも同じことです。僕が得たものは大きかったと今でも実感します。

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釣りを始めてからの3年間は、釣りに行くのは年に数回だけでした。 行く機会が少ないのは、単にやる気がないのではなく、外出するだけで精一杯...
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